2026年3号

《蔵書紹介》辻村深月 作.『傲慢と善良』. 朝日文庫. 2022. 初出 2019.
《館長雑感》鍬を打つ

《蔵書紹介》辻村深月 作.『傲慢と善良』. 朝日文庫. 2022. 初出 2019.

 男女の出会いさえも、記号同士の照合になってしまった現代社会。マッチングアプリで知り合ったハイスペックな彼、架と、世間知らずの彼女、真美。物語は真美の失踪から始まります。前半は架の視点で、後半は真美の視点で展開するのですが、それぞれが相手のことを知ろうとする中で、自分の中の傲慢な部分に気付かされていく。

 ミリオンセラーで映画にもなった小説ですから、多くの方の感想や書評を読むことができます。その中に「心をえぐられた」などと書かれているものが多い。私も、中盤では読み進めることがとても辛くなりました。真美がかつて利用した結婚相談所の小野里は、傲慢さと善良さが矛盾なく同じ人の中に存在するのがいまの日本だと言います。小野里の言葉は、読者の心の中の「痛いところ」を衝いてきます。

「ピンとこない、の正体は、その人が、自分に付けている値段です」
「…その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、“ピンとこない”と言います。─私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段と釣り合わない」 (p.137)

 小野里のこの言葉から、架は口さがない女友達との会話を思い出し、自己嫌悪に苦しみます。

「あの子と結婚したい気もち、今、何パーセント」
「─七十パーセントぐらいかな」
「…それはそのまま、架が真美ちゃんにつけた点数そのものだよ…」(p.93)

 自分もこれまでどれだけ「ピンとこない」思いをしてきたことか。結婚だけではありません。就職先、仕事相手、大きな買い物をするときの店員の態度。いま思い返せば、自分に高い価値を付けて相手を値踏みしていた経験は数えきれません。

「善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、“自分がない”ということになってしまう。…その善良さは、過ぎれば、世間知らずとか、無知ということになるのかもしれないですね」 (p.135)

 これも思い当たるところがあります。親の言いつけはともかく、自分から「こうしたい」ということを避けて、結果に責任を取らなくてもいいところに自分を置く。そんなことをどれだけしてきたか。

 読んでいると、登場人物を通じて自分を見透かされているようにさえ思える。やり直せるものならもう一度、人生をやり直したい。そう思ったところに別の声が聞こえる。「それが傲慢なのだ」と。ここでも、やり直せば上手くいくと思っている自分が見透かされる。

 すべての物事に価格が付けられる。結婚相談所の小野里は「点数」と言い換えていますが、「ランク」と言った方がリアリティがあるかもしれません。登場人物たちは、自分がランク付けされることによって傷つき苦しめられます。しかしランク付けしているのも自分たちなのです。

 物語の最後は、架と真美がそれまで守ってきたものを捨ててハッピーエンドを迎えます。それと対比すると、なおも何かを守ろうとしている自分が傲慢に思えてくる。そして再び息苦しさの沼にはまっていく。かなり深いところを衝いてくる本でした。

(2026・6・1 館長)

《館長雑感》そこにAIはあるのか

 採用面接でよく聞かれる「ガクチカ」。「学生時代に力を入れたことは何ですか」という質問のことです。学生の中には、就職活動から逆算して、「ガクチカ」ネタのために学生時代を過ごすような人もいるそうです。例えばボランティア活動や起業活動など、もともとそれほど興味はないのだけれど、「ガクチカ」に書きたいからという動機でやっている。自分の内側から出てくる思いよりも、外部からの「ランク付け」ばかりを気にして大切な学生時代を過ごすのは、なんだかもったいないことのようにも思えます。

 ところで、最近はこの「ガクチカ」もAIが執筆の手伝いをしてくれるのだそうです。ある大手の就職支援サイトでは、学生が4つの質問に答えるだけで「ガクチカ」の下書きを作成するサービスが提供されているそうです。そんな特別なサービスでなくても、書いた文章をAIに推敲させるというようなことは日常的に行われています。就職活動をしている学生が、ガクチカだけではなく、エントリーシートの作成全体について、AIを活用していないはずがありません。むしろ、就職後に仕事をしていくうえでは、そのようにAIを使いこなす能力が必要なのです。文章作成だけではなく、学生時代にどうすれば「ガクチカ」ネタが出来るのかについて、AIに相談している学生も少なからずいることでしょう。

 面白いなと思うのは、その「ガクチカ」を読んでいるのもAIだということです。名前の知れた大手企業であれば、おそらく何千人、場合によっては1万人を超えるエントリーがあって、どれもAIを使って書いたと思われる「ガクチカ」を、採用担当者がひととおり読んで審査し、面接する学生を絞り込まないといけません。どんなふうに使っているのか想像できませんが、AIを使えばその選考を効率的に行えると考えるのも自然な流れだと思うのです。

 AIに読ませるための文章をAIに書かせる。それだけでなく、学生時代をどう過ごすのか、どの会社にエントリーするのか、果ては誰と結婚するのか。私たちの人生の大切な場面で、AIは私たちの相談相手となっています。まるでコンピューターが人間を支配する近未来のディストピア小説のような世界観です。

 でも、人生の大切な場面で誰かに決定を委ねることは、AIやコンピューターが普及する前からありました。昔は神様が決めていました。最近までは親が決めることも多々ありました。自分で決めるとしても、親や友人の言葉が決め手になることも少なくなかったはずです。そういう意味では、本質はあまり変わっていないと言えるかもしれません。

 就職活動で問われるのは人柄や価値観です。その企業の中で共有されている価値観をその学生は共有できるのか。そんなことが問われていると言えます。しかし、かつては思想・信条による就職差別があったことから、人権を守るためのルールとして、人柄や価値観に関することを直接的に質問することはできないことになっています。だから、「学生時代に力を入れたことは何ですか」「どうして当社を志望されたのですか」「当社に入社したらどんな仕事をしたいですか」といった間接的な聞き方で、その人の人柄を推し量ろうとしているのでしょう。ボランティア活動で表彰されたから、サークル活動で責任ある立場にいたから、という理由で採用されるのではなく、そのことを通じて、なるほど責任感の強い人だ、周囲から信頼される人だ、などということをわかってもらうことが大事なはずなのです。

 ただ「ガクチカ」も一巡して、いまは立派な「ガクチカ」で採用された人が選考する時代です。AIと相談して決めた「ガクチカ」ネタが採用の決め手になるというのも、的を外しているわけではないのかもしれません。

 さてさて、「本の庵」の館長は、勤めていた会社を定年退職。本当なら、学生の就職活動について云々している場合ではなく、自分が必死になって職を探さないといけない立場です。さいわい、これからの人生でやりたいことは「本の庵」に結実していますので、「これからやりたいことは何ですか」という質問には答えが出来ています。それじゃ「以前に勤めていた会社で力を入れたことは何ですか」と問われたら何と答えるべきか。試しにAIに考えてもらった文章は、とても良く整理されていて、きれいにまとまっているのだけれど、どこか「ピンとこない」。自分がどれだけ傲慢なのかを思い知らされました。

(2026・6・1 館長)